次世代の職人は、楽しく自由に「好き」を貫く。妥協なしの「偏愛」ビールができるまで【裏通りのドンダバダ】
1997年、「よなよなエール」でクラフトビール業界に乗り込んだヤッホーブルーイング。このたび、「水曜日のネコ」以来10年ぶりの全国向けレギュラー製品が完成しました!
その名も、「裏通りのドンダバダ」。
レスラーのイラストとヴィヴィッドなカラーが印象的なこのビールの生みの親が、「ちゃんりょ」と「がみた」、ふたりの若きブルワーです。
彼らが魂を込めてつくったのは、いったいどんなビールなのでしょうか?
足かけ2年かかったドンダバダ開発のドタバタを聞きました。
聞き手は、ビール好きのライター、田中裕子さんです。
「おいしいビール」をつくれば、職人。
——「裏通りのドンダバダ」、いよいよ発売です! あの、いきなりでとっても失礼ですが、読者のみなさんも気になると思うので……。「10年ぶりの全国向けレギュラー製品」の開発担当ブルワーとしては、おふたりとも若いですよね?
がみた そうですね。いわゆる「アラサー」なので、業界的には若い方だと思います。でも、今回それをハンデに感じることはありませんでした。そうじゃない?
ちゃんりょ うん。限定ビールや「よなよなビアワークス(*)」の製品で、開発の経験はたくさん重ねてきましたからね。ビール業界って、ベテランのヘッドブルワーがレシピを決めて若手はそれに従うのが一般的なんです。でも、ヤッホーはそういう感じじゃなくて、「つくりたい」と手を挙げたら旗を振らせてもらえます。
(*)……よなよなエール公式ビアレストラン
がみた 味わいや香りを考えて、レシピをつくって、試行錯誤して、世に出して、反応を見る。このサイクルを早くから何度もまわしてきたから、今回も臆さず開発できました。
ちゃんりょ おいしいビールをつくりさえすれば、「いいブルワー」であり職人なんじゃないかなって思います。年齢もキャリアも立場も関係なくて。
——はーーー。長い下積みを経た職人ではなく、打席に立って腕を磨き続ける職人、という感じですね。
がみた 「裏通りのドンダバダ」のテーマは「偏愛」ですが、これは今回のビールづくりのスタンスでもありました。ひとりのブルワーとして「好き」にとことんこだわろう、と。
ちゃんりょ あと、ヤッホーブルーイングで作ったことのない、個性的なビールにすることも決めてましたね。なにかと似てるものをつくっても、自分たちがおもしろくないなと思って。
がみた だから最近のビールの流行、「ホップの香りが豊かで飲みやすい」はまったく無視しちゃいました(笑)。シャルドネ、ウッドの香りにドライな後味……「ドンダバダ」でしか飲めない、魅力的な個性が生まれたと思います。
「こういうのお好きでしょ?」は、やりたくなかった
——そもそもですが、なぜおふたりが「10年ぶり全国向けレギュラー製品」の開発担当になったんですか?
がみた それは、まさに「手を挙げた」からですね。社内公募があって、応募して、ドキドキして待ってたら選んでもらって、「やってやるぞー!」って。
ちゃんりょ わたしも、「よーし!」って感じでした。「よなよなエール」や「水曜日のネコ」、「インドの青鬼」みたいな長く愛される商品をつくらなきゃって気負う部分も多少はあったけど、楽しみな気持ちのほうがずっと大きかったです。
——開発は、どんな議論から始まったんでしょう?
がみた まず「どんな人に飲んでほしいか」を深めていきました。いろんな人にインタビューして、こだわりやストーリーを大切にする人に好きになってほしいねって共通認識をつくって。……とはいえ、そこを狙いにいく味づくりをしたわけでもなく(笑)。
——ええっ。せっかくたくさんインタビューしたのに?
がみた つくり手のこだわりを大切にする人にって考えると、僕たちがつくりたいものをつくったほうがかえって届くだろうと思ったんです。「こういうのお好きでしょ?」って、もう、イヤじゃないですか。やりたいことをやってる自由さを感じてもらうのがベストだなと。
ちゃんりょ いままでにない香りを生みだすことだけ決めて、お互い自由に試作したんですけど……好きなようにした結果、ふたりの方向性がまったく噛み合わず!
——なるほど(笑)。
ちゃんりょ だから、ふたりでめっちゃ議論したよね。
がみた いろいろつくっては、「つまらない」。おいしいんだけど、「これじゃない」。心から世に出したいと思えなかったんです。で、プロジェクトが動きはじめてから1年ちょっと経ったころかな、もういちど味わいの目線をそろえようってことでいろんなビールを片っ端から飲んでみて。このときに、ようやく「シャルドネ」ってキーワードが出てきました。つまり、白ワインの爽やかな酸味を表現してみたくなったんです。
ちゃんりょ ふたりともピンと来て、共通解ができたんだよね。そこから各々レシピを書いて、試験醸造して……。
がみた 結果的に、ちゃんりょのレシピをベースに「ドンダバダ」は完成しました。最後の最後、1種類ずつ試作品を出して「ああ、こっちだね」って。
ちゃんりょ そんなふうにじっくりやっていたから、はじめは2020年内に発売する話だったのがなんだかんだで2年かかってしまいましたね。
「好き」だけでここまで来ました。
ちゃんりょ そういえば、一度「これでいこう」って決まりかけたビールがあったんですよ。でもまだちょっとだけ開発の時間があったからもう1種類つくってみようってなって、そこでできたのが「ドンダバダ」です。
——じゅうぶんおいしいビールができても「これでいいや」とはならず、「もっとおいしくなるかも」と粘る。ビールづくりがほんとうに好きなんですね。
ちゃんりょ あはは、そうですね! めちゃめちゃ楽しい仕事です(笑)。
がみた 楽しいよね。ぼくは、レシピを起こすまでがいちばん好きかな。これ試そうかな、あの味わいをつくるためにどうしようかなって考えるのが至福のときです。
ちゃんりょ わかる、わかる。「あのホップを使ってこうしてああして」って夢中になっちゃう。シャワー浴びてるときに「あ!」って閃いたり。
ちゃんりょ ヤッホーには、醸造所のホップや酵母を使ってビールを好きにつくれる最高の福利厚生があるんです(試験醸造制度)。休日に興味のあるスタイルを試すこともあるし、若手社員のスノボ旅行に1種類ずつがみたと持って行ったり、社内イベントのお花見やカレー祭りに合わせたり。気づけば、オフでもビールに触れてますね。
がみた ぼくは「コーヒースタウト」ってスタイルの黒ビールが好きで、毎年1回は自分でつくってるんです。これが採用されて、「よなよなビアワークス」で提供されたこともあるんですよ。ビールは無限の組み合わせがあるし、1ヶ月でできるから試行錯誤しやすいし、どんな挑戦でも受け入れてくれる。ホント楽しいです。
ちゃんりょ がみたは好きが高じて、この佐久醸造所の敷地でホップ栽培まではじめたからね(笑)。
がみた そうそう、耕運機で開墾して。いまは拡大移転して、JAさんと軽井沢で育てています。そのホップで実際にお店に出すビールもつくってますよ。
——すごい! 仕事であり、最大の趣味ですね。ところで、ふたりはなぜヤッホーブルーイングに入社を?
ちゃんりょ 大学時代からクラフトビールが大好きで、この業界に絞って就活しました。脳天気というか、「好きなことをやりたい」だけで走り抜けましたね。ヤッホーに受かってなかったらどうしてたんだろう……。
がみた 僕は大学から食品微生物学を専攻して大学院まで進んだんですが、学部時代の友人がクラフトビールの会社に就職していろいろ教えてくれるようになったんです。そのうちにビールの多用性に惚れ込んで、「自分でもつくりたい!」と思うようになって。だから就活も、ちゃんりょと同じく2〜3社しか受けてません。
——就活でも「好き」を貫いてる……!
がみた とくに、ちゃんりょは文系卒なのにすごいですよ。醸造ってかなり理系知識が必要なのに圧倒的に物知りだし、勉強家で英語の論文を読んでチームに共有する役割も担ってるし、ビールづくりにも一切妥協しない。まさに職人ですね。
まずは、グラスに注いでください!
——そんな「好き」街道を驀進するおふたりがつくった「ドンダバダ」のパッケージには、「Free-Style Belgian Golden Ale」と書いてあります。「フリースタイル」とはいったい……?
ちゃんりょ 「既存の製法にこだわらないチャレンジングな製法」です。「IPA」とか「スタウト」といったビアスタイルを念頭に置かずにつくったけど、味わいが近いのはベルジャンゴールデンエールかなってことで、このスタイル名を充てました。
——「スタイルにこだわらないスタイル」なんですね!
がみた そういう意味で、「ドンダバダ」は20〜30代の若い人にも飲んでほしいですね。とくに、他人の目を気にせず自分らしくありたいって感じてる人には伝わるものがあるんじゃないかなと。もちろん、味わいはカジュアルながらほかにはないマニアックな香りなので、クラフトビール好きな方にも楽しんでいただけると思います。
ちゃんりょ わたしが学生のころに通ってたビアパブは人生の先輩ばかりでしたが、最近は若い人も多いですよね。あの光景をもっと広めたいし、ドンダバダがあたらしいスタンダードとしてその後押しになればすごくうれしいです。
ちゃんりょ あ、最後に伝えたいのは、飲むときは缶のままじゃなくぜひグラスに注いでほしいってこと。これは「ドンダバダ」に限らず、クラフトビールを飲むときにはぜったいに。まずは香りを楽しんでほしいので……!
がみた そうそう。香りって、味覚とちがって鍛えなくても感覚的に楽しめると思うんです。「シャルドネのにおいだ!」って。好きな香りが見つかったら、そこから広げていくのもよし。いろいろ飲んでみて、自分の「好き」を見つけてほしいなと思います。
取材・執筆:田中裕子
写真:小林直博
編集:ツドイ
(おわり)