世界でたった1つの色から生まれた、「山の上ニューイ」のリーフレットができるまで。思いを印刷する藤原印刷のものづくり|甲信モダナイズな仲間たち
「山の上ニューイ」のコンセプトは「甲信モダナイズ」。甲信モダナイズとは、「もともと甲信地域(長野県・山梨県)に独自にあった自然やカルチャーに、現代的なセンスを加えて新しく表現する」という考え方のことです。そして、さまざまな形で山の上ニューイに関わってくれた「甲信モダナイズ」を体現する方々に、仲間のひとりである株式会社バリューブックスの内沼晋太郎さんが話を伺っていく連載「甲信モダナイズな仲間たち」がはじまりました。
今回話を伺った「甲信モダナイズな仲間」は、「心刷(しんさつ)」を掲げ、デザイナーやクリエイターに寄り添うものづくりを追求する、長野県松本市の「藤原印刷」・藤原隆充さんです。
話した人:藤原印刷株式会社 藤原隆充さん
藤原 隆充(ふじわら たかみち)
藤原印刷株式会社 専務取締役
1981年東京生まれ東京育ち。大学卒業後、コンサルティング会社やベンチャー企業を経て、2008年に家業「藤原印刷」に入社、松本へ移住。印刷部、生産管理部を経て2020年から専務取締役を務める。
聞いた人:内沼晋太郎
内沼 晋太郎(うちぬま しんたろう)
株式会社バリューブックス取締役、「本屋B&B」共同経営者、「八戸ブックセンター」ディレクター、「日記屋 月日」店主、ブック・コーディネーターとして、本にかかわる様々な仕事に従事。現在、東京・下北沢と長野・御代田の二拠点生活。
藤原印刷さんには山の上ニューイのリーフレット印刷に、なんとインクの色をつくるところから取り組んでいただいています。
今回のリーフレットができるまでの道のりや、藤原印刷さんが印刷に込める思いとは? 内沼さんが話を伺いました。
山の上ニューイを再現するためにつくった、この世で1つの銀色
内沼:
藤原さんお久しぶりです。
藤原さん:
お久しぶりです! 最近“印刷とビールの関係”について考えていて、話したくてしょうがないのですが、せっかくだから内沼さんに聞かれるまで待ちます(笑)。
内沼:
了解です(笑)。その話はとても気になるのですが、まずは今回藤原印刷が担当された、山の上ニューイのリーフレットづくりについて伺えますか?
藤原さん:
そちらに関しては、実際に現場を担当した小池からぜひお願いします!
小池 潤(こいけ じゅん)
1982年長野県諏訪郡富士見町生まれ。大学卒業後、旅行会社での予約カウンター、WEB制作、中国(上海)での駐在業務を経て、2014年に藤原印刷入社。本社営業部配属後は長野・山梨の顧客中心に印刷コーディネートに従事。2021年4月には富士見森のオフィスを活用した八ヶ岳営業所を開設。
小池さん:
山の上ニューイのデザインを印刷するうえで、「ビール缶の色合いをいかに印刷で表現するか」が一番の難点でした。アルミ素材の風合いを出すためにはイラストデザインも鑑みて工夫をしないといけないですし、正直とてもハードルの高いお題でした。
実際にできたリーフレットをいま藤原が映していますね。
内沼:
えええ、本物の缶を見せているのかと思いました。
小池さん:
そう言っていただけると嬉しいです。“アルミ缶色”、そのようなインクの色は世の中に存在しないので、弊社で色の再現性を管理している「プリンティングディレクター」と印刷職人が一緒になり「このアルミの光はどんな色が混ざって、こういう色味を出しているのだろう?」という議論をするところからのスタートでした。
小池さん:
さまざまなインクの配合を試してみて、やっと我々が考えるアルミ色のインクがつくれたのですが、実際に印刷してみると思った通りの色が再現できていなかったんですね。
内沼:
やはり、印刷してみると色の出方が違ってきたりするのでしょうか。
小池さん:
おっしゃる通りです。また、印刷物を見る環境が、太陽光の下なのか、室内なのかによっても色味の印象が全く変わってきます。しかしそこで妥協はしたくありませんでした。
できる限りの力を尽くしていこうと、プリンティングディレクターと印刷職人、私、そしてヤッホーブルーイングのデザイナー・もじょうさんの4人で研究・議論を重ねました。
小池さん:
結果、銀にほんの少しの金色と黄色を混ぜることで、山の上ニューイの銀色を再現することができたんです。「アルミ缶を印刷したい」、その1つの思いのために思考を重ね、もじょうさん含めたチームとして協力し合うことで、今回のリーフレットを完成させることができました。
内沼:
藤原印刷とヤッホーブルーイングで働くプロが集結し、完成した色だったのですね。
藤原さん:
また1つノウハウが貯まりました。この「ニューイシルバー」はどこにもないレシピだと思います。
内沼:
そのようなものづくりって、突き詰めれば突き詰めるほど、コストがかさみますよね。「希望の色ではありませんが、これが限界です」で済ますこともできるのに、藤原印刷はそれをしない。どんな印刷物でもこだわりをもって取り組まれている印象があります。
藤原さん:
ヤッホーブルーイングのファンをがっかりさせるわけにいかない。こっちも本気以上を出さないと、というのは初めの打ち合わせから小池と話をしていました。「界王拳10倍みたいなモードでいかないとまずいぞ」と(笑)。
ただ逆に、本気を出しすぎても相手がついてこれなくなってしまうこともあって。依頼してくださった方と足並みをそろえることで、喜んでいただけるポイントを察し、形にしていくことは大事にしています。
内沼:
クライアントはもちろん、クライアントが抱えているお客さまを見据えた提案・印刷をされているのですね。
藤原さん:
お客さまの満足のために技術を追求したいとか、自分でしかできない仕事に喜びを感じる職人気質なスタッフが多いと思います。色々な仕事をやってきた結果、小さい成功体験が重なって、それが強いやりがいに繋がっている。「正直現場も大変だけど、いい印刷を追求してる。それこそ藤原印刷の真骨頂だよね」と段々と共通認識を持てるようになってきたと思います。
内沼:
ちなみに、この連載を通して
「やまとわ」さんに取材をした際
、経木に印刷ができるのか?という話が出ました。「経木は紙の代わりに使われていた」という歴史背景もある中で、いまノートを作っているらしいんですよ。一般的なノートに寄せて作るとしたら罫線などあったらいいなと思うのですが、そもそも経木に印刷をすることは可能でしょうか?
藤原さん:
できます。パッと思いついた方法は3つあります。
内沼:
3つも!(笑)
藤原さん:
例えばよく木に使われるのが、印刷というよりは刻印に近い、レーザーで焼く形ですね。もう1つはTシャツのプリントなどでもよく使われるシルクスクリーン、あとは台紙の上に経木をマスキングテープで貼り付け、印刷機に通すという裏技的な方法もあります。
内沼:
なるほど。やまとわさんは、印刷機に通す場合、木屑がどうしても出てしまうので、それが機械の故障に繋がってしまわないかと心配されていました。
藤原さん:
木の目に対してどう印刷するかで屑の出方も変わってくると思うんですよね。あとは、実際に現場でためしてみないとわからないので、ぜひお繋ぎください!
「クラフトプレス」を行う藤原印刷。見えてきたヤッホーブルーイングとの共通点とは
内沼:
話を伺っていると、藤原印刷とヤッホーブルーイングが似ている気がしてきました(笑)。量産品としての印刷物やビールがあくまで主役としてありつつ、つくり手の強すぎる思いや、会社の個性が、そこに見え隠れしている。それが今回の「甲信モダナイズ」の1つのヒントといいますか、1つの要素としてあるのかもしれないなと。
藤原さん:
ヤッホーブルーイングは、誰か一人目立っているのではなく、みんなで作っている感じが伝わってきます。それはすごく理想的だと思っていて。僕たちも「みんなの藤原印刷」という標語を掲げているので、そう解釈していただけるのは嬉しいです。
内沼:
このタイミングで、冒頭におっしゃっていた“印刷とビールの関係”についてぜひお願いします!
藤原さん:
ここ数年、出版業界が停滞している中でも業績を伸ばせているのは「本がつくりたい」と個人やクリエイターからの案件が増え続けているからなんです。では、なぜこんなに個人の仕事が増えてきたのか?と考えると、自分らしさを本を通して体現する「クラフトプレス」の需要が増えてきているからではないか、と思うんです。
内沼:
なるほど、もう少し詳しく伺いできればと。
藤原さん:
クラフトプレスというのは、大量生産を前提とした画一的な仕様ではなく、自身のセンスや美意識を詰めた「小ロットでもこだわりを感じる本」を意味しています。そのためには、製造しやすいフォーマットに当てはめるのではなく、作り手の中にあるオリジナリティを引き出すことが求められるんです。
紙・印刷・製本・加工の提案をしながら、少しずつひも解いて、その人らしさを体現できる仕様を一緒につくっていくこと。つまりそれは「こんな本でもありなんだ」という選択肢をつくることです。それってヤッホーブルーイングのつくるビールと共通点があるのではないか、と考えていました。
内沼:
面白い、藤原印刷は“クラフト”プレスの会社であるということですね。
藤原さん:
ヤッホーブルーイングは、「自分たちのつくっているビールだけが正解で、それ以外は違う」といった排他的な考え方ではないのだろうなと思っています。僕たちもネットプリントをおすすめすることもあるし、大手印刷会社のことを敵対視してはいません。
そういった意味でもヤッホーブルーイングをベンチマークしているといいますか、その姿勢にとても共感しています。
内沼:
山の上ニューイの味はいかがでしたか?
藤原さん:
一口目は結構ドライだなと思ったんですが、後になってガツンとホップの香りが追ってきて。普段クラフトビールを飲まない人でも楽しめるビールなのかなと思います。また、クラフトビール大好き派の自分としては、食中酒としてのペアリングが楽しめそうな感じがしました。
内沼:
飲みやすさはありつつも、6種類ものホップを使っているとのことなので、そういった点はクラフトらしさも楽しめるビールだと思います。
藤原さん本日はありがとうございました。
藤原さん:
ありがとうございました。
今回、何度も藤原印刷に足を運んでいただき、現場で一緒に汗をかいているヤッホーブルーイングのもじょうさんの姿を見ていると、山の上ニューイにかける思いが本当に伝わってきました。そのようなビールを世に出すことに関われたことはとても嬉しいし、お店に並ぶのがすごく楽しみです。
「山の上ニューイ」ブランドサイト
https://yohobrewing.com/newee/
山の上ニューイのこだわりや、「甲信モダナイズ」についてはこちら
「山の上ニューイ」ができるまで|長野・山梨を新しく表現する「甲信モダナイズ」とは?
藤原印刷株式会社:
https://www.fujiwara-i.com
インタビュアー・編集:内沼晋太郎
執筆:神谷周作