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600万年前の海水が湧く!地球の恵み「温泉」はなぜ日本に集まる?東工大中島教授に聴く

600万年前の海水が湧く!地球の恵み「温泉」はなぜ日本に集まる?東工大中島教授に聴く

こんにちは! よなよなの里編集部の今井です。

私たちヤッホーブルーイングの本社がある長野県、実は、全国で2番目に温泉地の多い県なんです! その数なんと、215ヵ所

日本全国に目を広げると、温泉地は約3000ヵ所、源泉としては27000本以上が数えられていて、47の都道府県すべてで温泉を楽しむことができるそう。数字を知ると、その多さに驚きます。

……これって、ちょっと不思議じゃないですか? 南北に延びた日本列島は、気候も地形も土地によって大きく異なります。それなのに、どうして日本では、どこでも温泉を楽しむことができるのでしょう? 

昔から私たちの生活のすぐそばにあった温泉。身近な存在のはずが、温泉にまつわる疑問は次々と湧いてきます。なぜ温泉は湧いているのか、泉質が異なるのはどうしてか、温泉の水が涸れることはないのか——。

そこで、今回は温泉のメカニズムについて、東京工業大学教授中島淳一さんに解説していただきました! 

話を聞いた人:中島淳一さん

東京工業大学理学院地球惑星科学系教授。1976年、茨城県坂東市生まれ。東北大学地震・噴火予知研究観測センター准教授などを経て現職。地震学が専門。著書に『日本列島の下では何が起きているのか』(講談社ブルーバックス)や『オールカラー図解 日本列島の未来』(ナツメ社)などがある。ビール好きで、中でも苦めのクラフトビールがお気に入り。

冷たい温泉って?火山と温泉の関係性

今井:
今日はよろしくお願いします!

中島さん:
よろしくお願いします。

今井:
さっそくですが、地下から温かい水、いわゆる温泉が湧き出すのはどうしてなのでしょうか?

中島さん:
仕組みを説明する前に、まず、温泉って温かくなくてもいいんですよ。

今井:
えっ! そうなんですか?

中島さん:
温泉法という法律で定められている温泉の定義があって、「温度が25度以上」もしくは「特定の物質(総硫黄、総鉄イオン等の19種類)を含んでいる」のどちらかを満たしていれば「温泉」になります。25度というと、プールの水くらいの温度です。

今井:
へぇ。温泉法って初めて聞きました。

中島さん:
なので、ちょっと変な言い方ですが、「冷たい温泉」もあるんです。その上で、一般的な温泉の水がどのように温められるのかを考えてみましょう。

今井:
ぜひ、お願いします。

中島さん:
温泉は、その温められ方によって大きく2つに分類されます。ひとつが火山性温泉。火山の下のマグマによって水が温められるパターンです。火山地域では、地下数kmの深さでも500度を超すような高温になっていることもあります。日本の温泉の多くが、この火山性温泉です。

もうひとつが、非火山性温泉といって、地下の熱によって温められているタイプです。火山の有無にかかわらず、地球の中というのは、深くなればなるほど温度が高くなっているんです(地温勾配)。一般に100m深くなるごとに約3度温度が上昇すると言われているので、地下3km地点で100度くらいになります。水を温めるには十分な温度ですよね。

今井:
火山性温泉と非火山性温泉で、出てくる温泉にはどんな違いがあるのでしょうか? ぱっと考えると、火山性温泉のほうが熱そうだな、と思いました。

中島さん:
その通り、2つのタイプで水温が全然違ってきます。非火山性温泉の中に、さっきお話しした「冷たい温泉」が多く存在します。

それから、水の質(泉質)も異なります。火山性温泉は、温められるときにマグマの持つ鉱物(元素)を取り込むことが多いので、特徴的な水になるんです。硫黄の匂いが強かったり、鉄分が含まれていたり、茶色かったり。派手な温泉をイメージしてもらうといいと思います。

反対に、非火山性温泉は透明でさらっとした水が湧き出ていることが多いです。

今井:
へえー! となると、火山性温泉の中での泉質の違いは、どうして生まれているんですか? 熱源になっているマグマの成分に違いがあるからでしょうか?

中島さん:
いい質問ですね! ざっくり言えば各火山のマグマの構成成分には、あまり大きな違いはありません。

説明が難しいのですが……。ちょっと「火山の下のマグマ溜まり」を頭の中で想像してみましょう。

今井:
(………)

中島さん:
今井さんが想像したのって、火山の下に同じくらい大きさの丸いマグマ溜まりがある感じですか?

今井:
そうですね。

中島さん:
地下深くのマグマ溜まりって、それより、もっとずっと大きいものなんです! 「火山の下にマグマ溜まりがある」というよりは、「巨大なボリュームのマグマ溜まりの頂上にぽつんと火山がある」とイメージしてもらったほうがいいと思います。

なので、火山から近い温泉も、すこし離れた温泉も、同じマグマ溜まりによって温められている場合があるんです。そして、マグマ溜まりのすぐ近くで水が温められると、マグマの成分をより多くもらった温泉になるし、離れたところで温められると、温度は高いけどあまりマグマ溜まりの成分をもらえない水になります。

今井:
なるほどー!

中島さん:
いま説明した熱源との距離は、同じ火山性温泉の中で泉質に違いが生まれる分かりやすい要因のひとつです。他にも、温められた場所の深さ、地中に留まっていた時間、マグマとの接触有無、湯の中に取り込んだ鉱物の重さなど、複雑な条件によって多様な泉質が生み出されているんですよ。

今井:
いくつもの要素のかけ合わせなんですね。

中島さん:
たとえば九湯めぐりで有名な長野の渋温泉(湯田中渋温泉郷)は、9つの外湯(共同浴場)の源泉がすべて異なっていて、色も温度も匂いも違います。それぞれの効能が違うのもおもしろいですよね。

ほとんどの温泉施設では脱衣所に泉質の説明が貼ってあると思うので、ぜひ見てみてください。私はよく立ち止まって読んでいます(笑)。

今井:
どんな泉質で、どんな効能があるのかを知ると、温泉に入るのがより楽しくなりそうですね!

600万年前の海水が、有馬温泉に

今井:
温泉の水が温められる理由は分かりました! それで、今更なんですが……。そもそも温泉の水って、どこからやってきた水なんでしょう?

中島さん:
温泉の水の供給源ですね。これも大きく2つに分けられます。

ひとつが天水起源。空から降った雨や雪(天水)、海水は地面の中にゆっくり染み込んでいきます。そしてその水は、地中の水を含みやすい場所(帯水層)で、水たまりのようなものをつくる。これが温められて、温泉として湧出します。ほとんどの温泉は、天水起源だと言われています。

もうひとつ、地下深いところから上がってきた水が湧き出した温泉もあります。こちらはとてもめずらしいのですが、兵庫県の有馬温泉が代表的です。

今井:
「地下深いところから」……。それは、天水起源の水たまりよりももっと深いところ、ということですか?

中島さん:
そうです。今井さんはプレートって聞いたことありますか?

今井:
はい。地震の説明のときによく出てきますよね。

中島さん:
そうそう。地球の表面を覆っている、厚くて固い岩盤のことですね。日本列島の下には、太平洋プレートとフィリピン海プレート、2つのプレートが沈み込んでいます。何か図をお見せしたほうが分かりやすいですね……!

中島さん:
これは東北地方を水平に切った断面をイメージした図になります。右側から沈みこむ青い部分が太平洋プレート。太平洋プレートはずっと昔にハワイの東側で生まれたものです。それが1億年以上の時間をかけて、ゆっくり海の底を旅してきて、いまこんな風に日本列島の下に沈み込んでいるんです。

こうした長い長い旅の間に、海洋プレートには海水が染み込んでいくと言われています。海洋プレートに染み込んだ水は、プレートの沈み込みによって日本列島下に運ばれて行きます。そこで上盤プレート(図の左側)にちょぼちょぼと絞り出されていきます。有馬温泉では、この水が地下水(天水)とほとんど混ざらずに上昇し、湧出していると考えられています。

今井:
へぇー! ってことは、有馬温泉の水は、めちゃくちゃ昔の海水なんですね!

中島さん:
そうです、そうです。だいたい600万年くらい前の水だと言われています。

今井:
600万年前……! ちなみに石油のように埋蔵量が決まっていて、温泉の水が枯れる心配ってないんでしょうか?

中島さん:
日本全体でみれば、温泉はこれから先もずっと楽しめるものだと思います。地球温暖化の影響があるのでは、と思うかもしれませんが、気候変動は温泉にはほとんど影響しません。温泉は、プレートの沈み込みや水の循環など、もっと大きな地球の営みがかかわる現象ですからね。

今井:
なるほど。じゃあ僕らがいま600万年前の水に浸かることができるように、数百万年後の日本人も温泉を楽しんでいるかもしれないんですね! それを想像すると、不思議な感じがします。

中島さん:
そうですね。ただ、天水起源の温泉を個別に考えると、いつかは涸れてしまう温泉も出てくると思います。水の供給源となっている水たまりの大きさは場所によって異なりますから。

それから、地震などの自然現象によって水脈の形が変わったり、水の出口が断層で塞がれたりして、温泉が止まる可能性も考えられます。

日本は、掘ればどこでも温泉が湧く!?

今井:
温泉のほとんどは天水起源で、火山性温泉なんですよね。ということは、日本に温泉が多い理由は、簡単に言うと「火山が多いから」ですか?

中島さん:
そうですね。火山が多いために地下が温かく、多くの温泉が存在しているのだと思います。

今井:
でも、近畿地方や四国地方など、火山がない地域もありますよね。そういう場所にも多くの温泉が湧いているのはどうしてなのでしょう?

中島さん:
そうですね。たとえば中国地方には、現在活動している火山、いわゆる活火山は2つしかありません。でも、昔々は活発に活動していた古い火山はたくさんあるんですよ。富士山のように綺麗な円錐形の山相を持つ大山(鳥取県)などが有名です。

それらの火山の地下では、まだかなり温かい状態で熱源が残っているんです。このように昔活動していた火山の熱源によって温められている温泉も、火山性温泉だと言えます。

それから、全く火山がない地域にも、非火山性温泉がたくさんあります。東北の三陸地方の温泉などはそうですね。これは地熱によって温められた温泉ですから、火山地域の温泉に比べると、水温が低い場合がほとんどです。

今井:
もしかして、日本全国どこでも、とにかく頑張って地面を掘れば、温泉が出てくるんでしょうか……!?

中島さん:
そうですね(笑)。日本のどこでも3kmくらい掘れば温かい水が出てくると思います。

今井:
へぇー、そうなんだ!! じゃあ、「温泉を掘り当てて一攫千金!」ってありえる話なんですね。

中島さん:
いやいや、3km掘るのには数億ってレベルでお金がかかるので、それは現実的じゃないと思いますよ(笑)。

今井:
お、億……!

中島さん:
しかも、せっかく掘っても小さな水たまりしかなかったら、1ヶ月くらいで涸れてしまったりする可能性もあります。数億かけて掘ったのに1ヶ月で終わりって悲惨でしょう(笑)。

今井:
それはつらい……! 事前の調査から掘削まで、とても一般人にはできそうにないですね。

世界の温泉、それぞれの起源

今井:
全国で温泉が楽しめるなんて、日本は世界でも有数の温泉大国ですよね。他の国では温泉ってどれくらいあるのでしょうか?

中島さん:
そうですね。私は温泉の専門家ではないので詳しくは分からないのですが、火山のことならお話しできます。世界には1500程度の火山があると言われていて、ほとんどが環太平洋地帯に分布しています。そのうち日本にあるのは、約1割弱。111の火山(活火山)があります。これは世界で5番目に多い数字なんです。

日本と似ている国と言えば、インドネシアでしょうか。日本と同じ島国で、日本よりすこし多い140の火山があります。インドネシアの温泉の数はどれくらいなんでしょうね。調べてみるのもおもしろそうです。

今井:
あと、火山活動が活発なアイスランドなんかは温泉が湧いているイメージがあります。

中島さん:
たしかにアイスランドやイタリア南部など、ヨーロッパにも温泉地はありますね。ただしアイスランドなどは、日本と違ってプレートが「できている」場所なので、地下の仕組みが異なります。プレートができるところは、沈み込むところよりずっと熱い熱源がありますから、日本より熱い温泉が多いかもしれませんね。

今井:
へぇー!

中島さん:
そうそう、私は昔アラスカで温泉に入ったことがあります。地元の人に勧められて、楽しみに車を走らせたのですが……。行ってみたら25mプールに、ちょっと温かめの水が張ってある感じで(笑)。ビート板も浮いていました。日本の温泉をイメージしていたので、すごく驚きました。あれは、地熱で温められた温泉だったのかなと思います。

今井:
同じ温泉と言っても、国によって温泉が生まれる仕組みが全く違うんですね。海外の温泉も、行ってみたい……!

すべては地球が生きる証! 多くの恵みをもたらす火山

今井:
温泉について考えてみると、火山やプレート、水の循環など、地球の活動を深く知ることにつながっていきますね。何百万年とか、何億年とか、普段じゃ考えられないスケールで考えていく視点が新鮮で、すごくおもしろかったです。

中島さん:
それはよかったです! たしかに、46億年の歴史がある地球のことを学ぼうとすると、人類がまだいなかった頃の話も平然と出てきますね。よくたとえられますが、地球の歴史を1年間のカレンダーに縮めて、12月31日の23時59分を現在だとすると、日本列島が今の形になった約1500万年前は12月30日の19時頃の出来事なんですよ。

今井:
へぇー! そう聞くと、さっきおっしゃっていた「有馬温泉の600万年前の水」も最近のことのように思えますね。

中島さん:
そうそう、600万年前なんてたった半日前です。

今井:
「たった」……! いつも地球の歴史が頭にあると、日頃の時間感覚がおかしくなりそうです(笑)。

中島さん:
そうかもしれません(笑)。我々の業界だと1000万年前も1200万年前も誤差の範囲ですからね。地球からすれば100万年も微々たる時間です。

中島さん:
私は普段、地震や火山を通して地球の中身を明らかにするような研究をしています。一般的に「火山」と聞くと、噴火や降灰など、災害を誘発する「厄介者」のイメージが強いと思いますが、その一方で、火山のおかげでいろいろな恵みがあるのも事実なんですよね。今日お話しした温泉の豊富さや泉質の多様さもそうですし、北アルプス(飛騨山脈)に代表されるような、日本らしい風光明媚な景色も、火山があってこそ生まれたものです。

火山も地震も温泉も、すべて地球が生きている証。今日の話が、自然との共存を考えるきっかけになればうれしいです。

今井:
今日はありがとうございました!

中島さん:
ありがとうございました。

終わりに

近所の銭湯で、旅行先の宿で、私たちを癒してくれる温泉。日本の豊富な温泉は、悠久な地球の営みからの贈り物だと知って、より一層この文化を大切に、楽しんでいきたいなと思いました。

これから温泉に入るときには、ちょっとだけその起源に思いをめぐらせて、ゆっくりリラックスタイムに浸ろうと思います。みなさんもぜひ、豊かな自然と温泉を楽しみに、長野へ遊びにきてください!

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。これで「長野の温泉」特集も終了です。次の特集もお楽しみに。

それではまた!

(終わり)

執筆:水沢環 編集:ツドイ

この記事を書いた人
よなよな編集部

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